2004Decサインボード

3、コーチングの未来

 コーチングが貢献できる未来の姿を、企業、教育、社会と
いう3つの分野別に探っていきます。

<企業におけるコーチング>
 企業における人材育成について考えてみます。
企業で求められる「マネジメント・コーチング」とは、
マネジャー(管理職者)が新たに身に付けるべきスキルで、
従来の経営知識に加えて、人材育成スキルとコーチング
スキルを併せ持つコーチングです。

 マネジメント・コーチングは、生産性の向上を至上命令と
する企業で絶対的に必要とされるようになるでしょう。
 なぜなら生産性の向上には、社員(ひと)の「人間性」へ
の配慮なくして成功はないからです。これからのマネジャー
(管理職者)の育成には不可欠のスキルとなるでしょう。
 経営大学院ではマネジメント・コーチングは必修科目と
なっていることでしょう。

  
 AIに負けない社員作りは生産性向上の第一歩です。ひとり
ひとりの社員の能力を伸ばすことが出来れば、それだけで
生産性は伸びます。異質な人材や、ハイパフォーマー、
ミドルパフォーマーも上手に組み合わせることでチーム力が
上がり、イノベーションが起こせるのです。

 マネジメント・コーチングはヒトをモノとみなす旧来の
労働観を駆逐します。代わりに「ひとの可能性を信じる」
人間観を確立します。
 AIには生産性を数倍、数十倍に伸ばす桁外れの能力が
あります。そんな超人的なAIを制御するには、堅固で強い
「人間力」が求められるのです。

 マネジメント・コーチング能力を備えたマネジャーが存在
する未来の職場は、社員が皆活気に溢れ、雰囲気が明るく、
高い生産性を上げています。職場ハラスメント?そんな
ものはとっくに死語となっています。

<学校教育におけるコーチング>
 次に学校教育における人材教育を取り上げます。
前章(2)で述べましたように教育改革において「AIに
負けない」人材育成が求められます。
ひとクラス15人以内の少人数クラスにして、ひとりひとり
の生徒の個性、能力に適合した教育、能力の育成を
図っていくことになるでしょう。

 そのため今までと異なるレベルの教師が必要です。世界
トップレベルの教育先進国であるフィンランドでは、教師は
すべて大学院修了者です。日本もこれに倣うことになるで
しょう。
 そうした新しいタイプの教師が身に付けるべき技能が
「教育コーチング」スキルです。これは生徒の能力を引き出
すためのコーチング技能です。

 新しい教育の目的は一方的な知識教育ではありません。
答えがない問題でも、どうしていけば解決できるか、と
いった課題解決能力や、創造力を引き出す教育が目的と
なります。
 自由な環境のもとで互いの思考を深め合い、自発的に考え
行動する青少年の育成こそ、新しい社会が求める人材となる
ことでしょう。
 「教育コーチング」はそうした人材の育成を目指します。

 学校のカリキュラムには、AIデジタル系の科目が加わると
同時に、コミュニケーションや人間力を鍛える人文学系の
科目も加えて、バランスの取れた人材育成を図ることができ
ます。この教育改革による新しい人材育成は、10年という長
いスパンで取り組むべき社会課題であると言えます。

<社会教育におけるコーチング>
 最後に社会教育における人材教育について考えてみます。
企業や社会で取り残された未開発の人材育成の領域がふたつ
あります。女性とシニアの人材育成です。

 第一は女性の人材育成の領域です。この国に眠っている
女性の潜在能力は無尽蔵です。ビジネス、政治、医療福祉、
教育・・・あらゆる分野での能力開発支援、リーダーシップ
力やキャリア開発支援が行われれば、女性のハイレベルで
の社会参加が高まることでしょう。

 将来社会の様々な分野で、女性のリーダーが少なくとも
三分の一を占めているようになって欲しいものです。
 但し、女性の能力開発には子育て支援など制度的な支援
と、時代遅れの男性優位意識の払拭、といった課題解決を
並行して行うことが成功の必須条件です。

 第二はシニアの能力育成です。年功序列・終身雇用制度の
崩壊により取り残されてしまった50~60代の中高年層に対
して、企業と社会がコーチングによる能力(再)開発支援す
れば、本人はもとより社会と企業に大きな利益がもたらされ
るでしょう。

 定年制や雇用に際しての年齢制限は早晩撤廃すべきです。
定年の廃止により、サラリーマンは一生をひとつの会社に勤
める束縛から自由になり、能力を生かせる場を自由に求める
ことが出来るようになることでしょう。

 リンダ・グラットン(ロンドン・ビジネススクール)は、
これからの長寿時代にはひとつのキャリアだけでは足りず、
人生ステージ毎に新しい技能を磨き上げていく「マルチス
テージ」ライフを提唱しています。
 サラリーマンも今まで積み上げてきた技能だけでなく、次
のステージで役立つ新しいスキルを身に付けてより良い仕事
に就くことが出来る訳です。

 こうしたシニア層のスキルアップにも、キャリア育成の
訓練を受けたコーチ(あるいはマネジャー)が大量に必要と
なります。
 高齢化の進むこの国の社会福祉制度はこのままでは財務的
な危機に瀕するリスクがありますが、高齢者予備軍である
シニア層に対しする支援を今から進めていくことによって、
高齢社会の未来が明るく開けてくるでしょう。


<コーチングの未来~まとめ>
 近未来の日本社会の課題は「生産性を上げること」です。
生産性を上げるプロセスには、「人間性」を基本とした
コーチングが不可欠となるでしょう。

 ビジネスの分野でAIを導入したり、イノベーションを起こ
したりするには、マネジメント・コーチングを身に付けた
マネジャーの育成が大切です。
 教育分野では「AIに負けない」人材を育成するために、
今までにない「教育コーチング」を採り入れた「教育改革」
が必要になります。

 また、女性の社会進出支援としてキャリア・コーチングや
リーダーとなるための人材育成コーチが求められること
でしょう。
 シニア層の「マルチステージ」ライフに向けてのキャリア
支援コーチングは、豊かな長寿社会の実現に向けての重要な
ツールとなるでしょう。

     ◆     ◆     ◆     ◆

 コーチングには未来を拓く大きな可能性があります。
これから私たちコーチが取り組むべきことは、それぞれの
分野を定めて、実践的なコーチング法を体系的に確立して
いくことではないでしょうか。 

(2020.12.13)

<参考>
「コロナ後の世界」大野和基編 文春文庫 2020年
「未来を見る目」河合雅司 PHP新書 2020年
「シン・ニホン」安宅和人 NewPicks出版 2020年
「ライフシフト」リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット 東洋経済 2016年