心地よい居場所(税所彰のコーチングエッセイ)

私はマネジメント専門のコーチ。人口減少というメガトレンドの先に見えてくる新たな社会の「心地よい居場所」を探しながらエッセイを綴っています。コーチング、マネジメント、働き方、人材育成のこと、世の中との付き合い方などが主なテーマです。少しでも皆様のヒントになれば幸いです。                                

2015年10月

川越祭り


 今年も川越祭りの季節を迎えました。10月が近づくと
地元の神社から囃子の音が聞こえ始め、町内が俄かに
活気づくのです。
山車

 氷川神社の秋の例大祭として、江戸時代に始まった
川越祭り。当時から関東でも有名な祭りだったそうです。
 蔵造りの街並みや時の鐘を背景に、手古舞や法被など
揃いの祭り衣装を纏った町内の人々に曳かれて山車が
通る姿は美しく、まるで江戸時代に迷い込んだ気分です。

 子供の頃、住んでいた喜多町の山車を曳いた記憶が
甦ります。昼間は子供たちが山車を曳けるのです。
曳き終わるとお菓子を貰えるのが楽しみでした。

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 一番街通りの中ほどに、幸町(さいわいちょう)の
会所が設置されています。会所とは祭りを宰領する
町内の詰所です。
覗いてみると古い友人たちが顔を揃えていました。

 中学の同級生であるK君から、面白い話を聞きま
した。幸町には山車が2台あるというのです。
 幸町は戦後に旧来の南町、鍛治町、多賀町(一部)
の3つの町が合併してできた町でした。どの町も山車
を持っていましたが、多賀町だけは明治の川越大火
で山車を焼失したままだったので、2台になっている
という訳です。

 この町にはまだ江戸時代の町割りの記憶が色濃く
残っている思いを深くします。

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 江戸の初期に形成された河越城下十ヶ町は、武家
方と区別された商人や職人たち「町方」の自治区
でした。
 戦国の世が終わって間もない時期。幕藩体制の確立
のため身分制の固定化をはかろうとする武士階級に
対抗する町方たちの反発は強かったことが想像されます。

 城を拡張し町割りを采配した城主松平信綱が、同時に
この祭りを奨励した背景には、町方のエネルギーを
発散させる狙いがあったはずです。
 一方、祭りは町方にとっては自らの気概と誇りを天下に
示す絶好の機会であり、城下の一大イベントとして隆盛
を遂げていったのでした。

 明治維新で士農工商の身分は制度上は廃止され
ましたが、400年の歴史に培われた川越の商人たち
の魂は、川越祭りのなかに連綿と受け継がれている
ようです。
 
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 会所に詰めている友人たちもすっかり年をとりました。
「もう長老だね」と云うと、「まだまだ上がいるよ」という
返事。
 他所の町の山車が通るたびに、「あいさつ」の口上
を交わすのがしきたり。「長老」たちもその応対に結構
忙しそうです。

江戸時代。遠い過去のように感じていたけれど、この街
では意外に身近な所に隠れていて、お祭りのときなどに
その残り香を振りまくようです。

(2015.10.20) 

水彩画について

秋晴れの日曜日、丸の内の丸善ギャラリーで開催されて
いる水彩画展に出かけました。時折絵筆を取っている
程度の日曜画家にすぎませんが、これでも少しは上手に
なりたいと思う気持ちもあるのです。

2015-10-10柿

やはり実物は素晴らしいと思いました。著名な画家の
方々の作品は、写真で見るだけでは分からない微妙な
色調や筆のタッチまでリアルに伝わり、圧倒されます。

良い絵、ひとを魅了する絵には、作者の技量だけでない
ある強い「思い」が込められているように感じます。何気
ない風景の一部を白い紙の上に写し取るだけの作業・・・。
簡単そうに見えて、決して妥協を許さない、ある繊細な
感覚が作用しているように思えます。

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 桜花散りぬる 風の名残には
     水なき空に 波ぞ立ちける  

透き通った水彩画のような紀貫之の一句。
和歌のような文学と水彩画に通底するものがあると
すれば、それは両者ともある美的な「感動」を写し取る
作業である、という点でしょう。むろん芸術一般に
当てはまることでしょうが。

作者は、ある物や風景から得られたあいまいな感情を、
種にしてそのありかを探りあて、的確な描写力で表現
するのです。和歌でしたら、膨大な言葉のストックから
ピタリと当てはまる一語を選び出すのでしょう。

水彩画なら、差し当たり風景の切り取り方でしょうか。
モチーフや感動の中心を、余すところなく切り取って
表現することは、やはり経験と感性が織りなす繊細な
作業であるに違いありません。

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日曜画家としては、高レベルの作品を前に圧倒される
ばかりでした。でも、絵を作品に仕上げるときの、画家の
姿勢や視点の在り方が感じられたのは収穫でした。

そう広くないギャラリーは多くのひとで混雑していましたが、
作品から見えない力を与えられた気分で、満足でした。
眺めのいい丸善のレストランで食べた名物「ハヤシライス」
も、おいしかった。

(2015.10.18)