最近耳(目)にした「心に響いた言葉」をご紹介します。
南瓜②
 食卓の料理は
  あなたのいのちを こんなにも愛している
   という 家族へのメッセージです
             辰巳芳子(料理研究家)

自分でも料理できたらいいな、と思って最近厨房に立ち
始めました。そんな料理初心者にとって、辰巳さんの
言葉はガツーンときました。
料理の基本は、愛だったんですね・・・。

 *  *  *  *  *  *

 「相手の立場に立ってみることを、自虐的などというのは
  軽率な言い方である。
  加害の意識を欠き、事実の糊塗にも目をつぶり、内の
  まとまりだけを言うとき、”村の論理”は極めて危険な
  ものと化しかねないだろう。」
               藤沢周平(エッセイ集「帰省」)

愛に続いて平和です。平和を守るために国防軍を持とう
などという声が聞こえてきますが、かつて戦前に流れていた
軍国のデジャブを聞くようで、うそ寒い気がします。
「村の論理」は身内には優しくしながら、他者を峻別して
しまう差別性を伴っています。

では私たちはどうしたらいいのか。「村の論理」の呪縛から
抜け出すにはどんな方法があるのでしょうか。
私は次の言葉に救いを見出しました。

 「敵もまた 同じ神の子なり。
  敵への憎しみや怒りは神への怒りと同じではないか。
  相手がたとえテロリストたちでも人間として、信仰を
  持つ者として受け入れ、対話の道を探るしかない。」
          ダライ・ラマ14世(A新聞2015年4月21日)

「敵」も人間なのです。考えてみれば当たり前のことです。
平和は、ただ唱えていれば手に入るほど容易な状態では
ありません。
相手を人間としてしっかり見据える「人間力」ないし「愛」を基本
として、相手との妥協点を探るという、したたかな「戦略」ないし
「知力」を要するものなのでしょう。

(2015.5.20)