最近中学生たちの話を聞く機会がありました。そこで
塾やクラブ活動、お稽古事、と過密スケジュールの
なかで過ごしている中学生の姿を知り改めてびっくり
しました。

2015-10-1赤い缶

  週に3回塾通いで土曜はお稽古事に通っている、
毎日遅くまでクラブ活動があり、夜8時以降にようやく
一息つくという子供たち。
もう少し子供たちに自由な時間を与えないと、窮屈な
考えの人間になっていくのではないかと危惧します。

 不登校の生徒児童が17万人に達したそうです。
潜在的な不登校数を考えると、これは驚くべき数字
です。子供たちの居場所が無くなってきたと言われ
ます。 親たちが子供に無意識に圧力をかけている
ことはありますが、その親たちも実は社会から
プレッシャーを受けているのでしょう。

  特にここ20~30年間の社会的な環境の変化に、
深い原因があると思われます。例えばグローバル化
です。年功制の廃止や自由競争原理の台頭、少子化
による労働市場の変化などが、じわじわと家庭のなか
にも影響を及ぼしてきているのではないでしょうか。

  変化する社会環境のなかで子供をどう育てたら
いいのか、親にとって頭の痛い問題です。
これから述べることは、この問題解決への糸口を
探そうとして考えたことです。

 *  *  *  *  *  *  *

教育の本質は何か、というと、それは生きていくために
必要な「知」を身につけることです。人間は太古の昔
から有用な経験を蓄積し、石に刻み、書物を通して
「知」として後世に伝えてきました。

 「知」に含まれるものは、科学や世の中に関する様々な
知識だけではありません。作業したり料理したりする
技能、近年では情報機器を操作できる技能もあります。
それはスキルと呼ばれ、一定の訓練を受ければ誰でも
身につけることが可能な能力です。

 もうひとつ、「知」に含めるべき大事な要素があります。
それは自我を作ることです。心を鍛える、と言い換えて
も構いません。
 テニスの錦織選手は、「心技体」のうち欠けていた
「心」を強化したお蔭でトッププレーヤーになることが
できた、と語っています。それは突き詰めれば自我を
鍛えることなのです。

 現代の教育でも以前の知識偏重の反省から、学校
で人格を磨くために倫理性を教えるべきだ、という
論調が高まっています。
 しかし私は反対です。国家という集団主義から生み
出される「倫理」は、それ自体個人の自発性と矛盾する
ものであり、一方的に子供たちへの押し付けることに
なるからです。

 本当に教育に必要なのは、子供たち自身の自発性
を発揮させること、自分で物事を考え、行動していく
自信と方法を与えることなのではないでしょうか。
 つまり、ひとりの人間として自立的に生きることが
できる「個人」を作ることなのです。

 では具体的には、どうすれば子供たちの自発性が
伸ばせるのかについて考えます。
 少しラディカルかもしれませんが、私のアイデアを
提案してみます。

1)学習塾に行くのをやめよう
  塾の効用を全面的に否定しているのではありません。
  学校教育 で足りなかった知識の学習を補う場として、
  塾には有用性があるのでしょう。ただし、自分に合った
  参考書を探したり、自分なりの方法で考えたりする
  「自発性」を養うには適しません。塾は画一的な
  テキストを用いて一方通行的に行うな教育に過ぎ
  ないのです。私が理想とするのは、自分で自分を
  教育する自己教育(self-education)です。
  この方法を教えてくれる塾なら大賛成です。

2)家事を手伝おう
  料理やお掃除を手伝うことで家事の能力が身に
  つきます。将来自立した生活を始める際に、
  家事能力があれば大きな自信となるでしょう。
  そればかりではありません。家のことや、家族に
  意識が向くようになり親の仕事にも関心が湧くように
  なるのです。社会性の芽生えは家庭から始まります。
  
  勉強や塾があるからお手伝いしなくていい、というのは
  社会勉強の機会を放棄しているのです。  

3)コミュニケーション技能を学ぼう
  技能のなかで最も重視したいのが人と会話する技能、
  コミュニケーション能力です。自分で考えたことをきち
  んと表現できること。相手に伝える、とは相手から
  学ぶことでもあります。
  人間は自分ひとりでは自分のことが分からないのです。
  相手を通して初めて自分を知ることができるのです。
  人間は社会的動物である、と言われるとおりです。
  中学生くらいになったら、きちんと会話法を学ぶこと
  をお勧めします。 


少しでも参考になれば幸いです。

(2015.2.23)