心地よい居場所(税所彰のコーチングエッセイ)

私はコーチングの講師。高齢化社会で心地よい居場所を探しながらエッセイを綴っています。働き方・人材育成のこと、世の中との付き合い方などについて考えを深めたい方、年齢に関係なくヒントになれば幸いです。                                  

ひとを突き動かすもの

2015-6碗皿
今年のニュースのなかで最も印象に残る
ひとりの人物がいます。尾畑春夫さん。

山中で迷子になった2歳の子供の捜索で
全国中に不安が広がっているときでした。
忽然と現れて、わずか30分で救出して
一躍脚光を浴びました。

聞けば「人の命は地球より重い」をモットー
に、ボランティア活動で全国を飛び回って
いる方だそうです。

満面の笑顔を見せる元気な78歳。
この青空のような「善」は、一体どこから
来るものなのだろうか、と思いました。

  ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

被災地で子供たちからお礼の絵をプレゼント
されて喜ぶ尾畑さんの姿。
ある老夫婦から来た礼状を読みながら、被災
した自分たちよりも、自宅のある大分に戻る
尾畑さんを気遣う下りで絶句してしまう姿。

どうやら、ひととの繋がりや、被災した人々が
尾畑さんに見せる笑顔が、彼の行動のエネルギー
になっているらしいのです。

  ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

謝礼は一切受け取らない尾畑さんにとって、
お金や名誉より大事なものがあり、その目的の
ために生きているように見えます。
善、とはそんなものか、と得心します。

誰かの役に立つこと。誰かを喜ばし、笑顔に
すること。
たったそれだけのことが、どれだけ人を幸福
にすることか。
尾畑さんのお陰で、改めて気づきます。

  ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

善を行うことを、何か難しいことのように考え
なくていいのだな、と思います。

出来ないことを無理してすることはないのです。
自分に出来る範囲のことを、誰かのためにする。
それはひょっとすると、他の誰でもない自分にしか
出来ないことなのかもしれません。

それが出来て、誰かが笑顔になってくれたら、
きっと自分も幸福な気持ちになることでしょう。

尾畑さんのようなスーパー「聖人」にはなれない
けれども、身の丈範囲で小さな「善」が出来たら
上出来ではないでしょうか。

(2018.12.13)

女性が働きやすい職場

18-11江戸川公園散策路F6

 「女性活躍推進」が叫ばれています。女性にも
管理職ポストへの道を開く企業も増えてきました。
育児や介護の制度も導入されています。
しかし、女性管理職はなかなか増えません。「育児
離職」もなかなか減りません。
単に制度が導入されただけで、根本の所が
変わっていないからなのではないでしょうか。

 女性の活躍を本当に望むのなら、社会と企業
は本気で取り組まねばなりません。
女性が、「働きやすい」と思う職場作りのことを。

 社会のことはさておき、企業にとって女性社員を
活かすにはどうすべきか、について考えてみたい
と思います。

    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 まず女性の働きに対するネガティブな一般の意見を
いくつか拾ってみましょう。

・男性でないと仕事の責任が負えない
・女性の出産・育児休暇があり、他の社員に迷惑
・女性はやさしく大人しいのでサポート業務に向く
・女性は昇進したがらない
・女性は残業したがらない・・

 これらは殆どが「男性優位主義」という旧来の思考
パターンに捉われていることに気づきます。
男性は仕事、女性は家庭(育児)という性別役割分業
の考え方です。

 もうひとつ気づくのが、「生産効率軽視」というべき
日本特有の仕事観です。

    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 女性の活躍を阻害するこれら旧来の日本的価値観
は、会社をつぶす危険な「昭和的価値観」であるのかも
しれません。
 逆に言うなら、これらの価値観を覆すところから、新しい
解決の道が開けることでしょう。

(2018.12.8) 
 

「格差」をどうみるか

18-10-26WhiteRock F4

 格差が広がっている、と言われます。本当でしょうか?
格差の指数であるジニ係数を調べてみました。

OECD調査(2015年)によれば、日本のジニ係数は0.336であり、先進国35か国中では10番目に高い、つまり格差がやや大きいほうの国です。イギリス(0.344)やアメリカ(0.389)は日本より格差が大きく、一番大きいのは中国(0.514)です。格差が低いのは北欧や東欧、ドイツなどです。
 20年前(1985年)の日本のジニ係数は0.323でしたから現在までの上昇は0.013と僅差です。

 ジニ係数を見る限り、日本はさほどの格差社会ではないように見えます。しかし近年では非正規雇用者が増加しているし、高齢化も進展しているので格差が広がっている印象があります。これらの影響はどうなっているのでしょうか。
 
 調べてみると、先ほどのジニ係数は「再分配所得」、つまり税や社会福祉を考慮した数値であり、別に再配分前の「当初所得ジニ係数」というものがあることが分かりました。その数値によると、30年前(1984年)の0.398から、2014年は0.530と大幅に上昇しています。

 つまり、グロス所得で見ると格差が大きく進んでいるのですが、実際には税などの所得再配分政策のお陰で格差が抑制され縮小されていることが分かります。
 要するに印象的には格差は拡大しているように感じますが、客観的にみると大きな拡大ということでもなさそうです。

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 哲学者の池田晶子さんは別の角度から「格差」について論じています。以下はその趣旨の抜粋です。

そもそも資本主義とは格差が存在する社会です。食べ物もないほど貧しい状況は別ですが、資本主義の元では「格差」は生じて当たり前です。ではひとが格差を問題とするのはなぜでしょう?

 普通の暮らしをしているひとが、「もっといい暮らし、豪勢な暮らしをしたい」と望むとします。つまり欲望です。そこに「格差」が生まれます。つまり「格差とは社会のうち、ではなく、人の心のうちに存在する」というのです。
 
 ひとはお金という尺度で幸福を測ろうとします。確かにお金があれば幸福です。生活のために金を儲けること、つまり働くことは正当なことです。しかし、贅沢のために金を儲ける、となると倫理的に微妙になります。
 
「お金のためにお金を儲ける」状況となると、お金が目的化されてしまい、人間性から遠ざかっていきます。お金は生活に必要ですが、欲望に駆られると「必要」の範囲を超えていき、倫理の境を逸脱してしまうのです。

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 「格差」に話を戻します。もちろん日本社会の底辺では救済すべき人々がたくさんいて様々な手を差し伸べるべきです。 同時に、普通の生活をしながらも「負け組」という幻想の言葉に捉われ、叶わなかった欲望を恨みや妬みに変えて「格差」を言い募るひとがいます。

 他人の暮らしぶりが気になる、というなら気を付けたほうがいいです。お金に捉われない幸福の尺度がある、ということを知るべきです。お金を目的に生きる人生は正しくありません。

 自分はどんなときに幸福かを、心に問うて考えてみるといいと思います。他の人がどう生きよう構わないのです。私自身が善く生きる、という一点が大事なのです。

 人間は不平等です。お金の有るなし、ではありません。心の問題です。賤しいしい人間もいれば貴い人間もいます。「格差」を言うなら、品格の格差を問題にしませんか。

池田さんの主張に私も心から賛成します。

(2018.11.20)

参照(多く引用しました)
「知ることより考えること」池田晶子 2006年新潮社