心地よい居場所(税所彰のコーチングエッセイ)

私はコーチングの講師。高齢化社会で心地よい居場所を探しながらエッセイを綴っています。働き方・人材育成のこと、世の中との付き合い方などについて考えを深めたい方、年齢に関係なくヒントになれば幸いです。                                  

人口減少時代とAIの可能性


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 渓流釣り

始まった人口減少
 日本の総人口は2008年をピークに減少に転じています。今後40年で人口は3千万人減少し、2050年頃には1億を割るという見通しです。
 日本経済の研究家デービッド・アトキンソンは、人口減少と高齢化が進むなかで経済成長を保つことは可能である、と主張しています。彼の主張のポイントは、社会保障を維持するための大幅な生産性の向上。そしてそれを可能とするための最低賃金の拡大と人材育成です。

 日本は現在のようなGDP規模で世界第3位という経済大国に留まることはできないでしょう。しかしドイツやイギリスのような、人口が7~8千万人程度の中規模で生産性の高い、民主的な福祉国家になることは十分可能です。
 そのために私たちがすべきこと、それは真に豊かな社会となるための未来へのビジョンを描くこと。そしてそれを達成するための戦略を持つことでしょう。

豊かな社会への戦略
 豊かな社会、とは何か。第一に「ひとが生きやすい社会」であること。つまり人間性が最大限に尊重されることが基本です。第二が「生産性が高い」ということです。この両者を同時に満たすことがこれからの日本社会の課題だと思います。

 経済規模は世界第三位の「経済大国」ですが、日本の生産性は残念ながら先進国中では20位(37か国中)という低位に留まっています。人口が減るなかで生産性を高めていくことが、「豊かさ」を維持するための最重要の課題です。
 生産性を高める、とは「効率よく働く」、あるいは「効率よく成果を出す」、ということです。それを可能にする技術革新が今進行中です。AI・デジタル革命、と呼ばれる技術革命です。

AIを活用した生産性向上
 AI(人工頭脳)に関しては昔からブームがありましたが、最近は、深層学習(Deep Learning)と呼ばれる新しい技術段階をきっかけに第3次ブームが来ているようです。
 Net技術とAI・ロボット技術を組み合わせることで、今後あらゆる産業で生産性を向上させることが可能となるでしょう。
 あるAI研究者は、「AI導入で仕事の生産性が上がり、ひとは単純労働から解放され、知的で楽しい仕事をするようになるだろう」と予想しています。
 
 AI、というと将来人の雇用を奪う、というネガティブなイメージがあります。2045年にはAIは人間に追い付くというシンギュラリティ(技術的特異点)の予測すらあります。
 しかし現実には人間の頭脳を完全に超えることは当分あり得ないし、一時的に「技術的失業」による産業間移動が起きるものの、ひとの働く場が無くなることはなさそうです。

AI時代の「ひと」の価値
 私はAIの導入は必然であろうと考えています。ただし条件があります。あくまでも人間が主体でなければなりません。生産性を高めるには、AIを正しく活用する「ひと」の側の資質が問われるのです。
 その意味で、これからは企業において「ひと」の質を高めるための人材育成が今まで以上に重要になってきます。AIに
出来ない「人間らしい思考力」、「感性」といったものや「コミュニケーション能力」が企業の生産性を高めることとなるでしょう。

 生産性が高まった職場とは、どんなものか想像してみましょう。事務や情報処理の多くにAIを活用して単純作業はロボットがやってくれます。社員の給料は50%アップで勤務時間は以前の半分位で済みます。「ひと」の能力を伸ばし、活かす職場ですから、社員は心から仕事を愉しむことができます。

 AIには大きな可能性がありそうです。同時に安易に取り組むと、人間の隷属・心の疎外というリスクが潜んでいます。あくまでも「ひと」に価値を置く人間中心主義でいくこと、AIに負けない人間性に磨きをかけることが成功のカギであると思うのです。

(2019.8.24)

参考
「日本人の勝算」 D.アトキンソン 2019年 
東洋経済新報社
「AI時代の新ベーシックインカム論」 井上智洋 2018年 光文社新書

才能が伸びるメカニズム

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青磁の壺

 人間の才能は天性のものなのか、努力で得られるものか、という議論があります。従来は天性説が有力でしたが、近年は脳科学の発達もあって、一定の条件を満たす環境を作れば人間の能力は伸びる、という考えが有力になっています。 例えば天性のものと思われていた「絶対音階」。ある音楽スクールで24名の幼児に数か月から1年程訓練したところ、ほぼ全員が「絶対音階」を身につけた、という実例が報告されています。
 能力開発の視点から、人間の能力がどう形成されていくのか、について考えてみたいと思います。

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「限界的練習」とは
 米国の心理学者アンダース・エリクソンは、人の優れた能力は生まれつき備わっているものではなく、適切な努力によって誰でも身につけることができるものだ、と主張しています。
 
 エリクソンによれば、優れた技能はただ闇雲な努力や厳しい練習から生まれるのではない、と言います。一定の条件を満たした「限界的練習(deliberate practice)」と呼ぶ訓練を通じて、ひとは一流の技能に辿り着ける、というのです。

 一流のピアニストは楽譜を見ただけで豊かな曲のイメージを膨らませ、考えなくても指がスムーズに動かせるし、一流の棋士は、盤面を数秒見ただけで何十手先を読むことができる、といいます。

 「限界的練習」の条件には次のような要素が含まれます。
1)明確な目標があること (強い願望) 
2)集中して行うこと 
3)フィードバックがあること(自分以外の他者からの)
4)「居心地いいゾーン(comfort zone)」から飛び出すこと(つまり負荷をかけること)

 ピアニストの指捌き、画家の筆使い、一連の身体的な訓練は脳内の活動と一体的に行われます。そして徐々に脳の中に独自の回路を形成していくわけです。 

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ホメオスタシスと心のイメージ
 上述の「限界的練習」の条件のうち、4)の「負荷をかける」が特に重要なポイントになります。もともとひとの身体は「ホメオスタシス」という恒常性維持機能で守られています。

 継続的な訓練によりホメオスタシスに追い付かない負荷がかかると一連の生化学反応が起き、細胞は新たなホメオスタシス状態を形成するのです。
 これにより、以前なら負荷を感じた運動が楽にできるようになるのです。まさに能力がレベルアップしていくメカニズムがこれです。

 経験のある一流の外科医でしたら、寸分のミスも許されない心臓手術を高い確率で成功させることができるでしょう。あるいは一流のサッカー選手なら、敵味方入り乱れて複雑に動きまわるピッチの中で、一瞬で次の場面を想定した適確な行動をすることができるでしょう。

 これらの一流の人々に共通なことは、心になかにある種のイメージパターンが出来ている、といいます。エリクソンはこれを「心的イメージ(mental representation)]」と呼んでいます。前述の「限界的練習」の目的は、「心的イメージ」を形成することでもあります。

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ビジネスでの適用は可能か
 エリクソンの一連の見解は、ひとの能力がいかに磨かれていくかに関する貴重な知見です。今の段階では必ずしも十分な実証が済んでいるとは言えないかもしれませんが、様々な分野で験される価値があります。

 多くの人が携わる企業経営における能力について考えてみたいと思います。果たしてエリクソンの「限界的練習」理論はビジネスでも適用できるのでしょうか。

 例えば組織のリーダーである企業管理者の能力はどうでしょうか。経営管理における「能力」とは、業務の管理、ひとの管理における技能(スキル)で、 優れたピアニストや一流の体操選手が持つ「能力」と比べると、かなり複雑で総合的な「能力」です。

 求められる結果も、スポーツ競技や芸術に於けるような「一流」に関する明確な規定(金メダルとか絵画価値のような)を持つわけではありません。

 それでは、スポーツチームの監督の能力はどうでしょうか。サッカー、野球、駅伝・・・。チームメンバーをまとめ上げて、チームを勝利に導くことを目標にしているコーチ(監督)は、まさに企業の管理職の姿と重なります。
 企業管理者も、組織の業績を向上させる、という明確なゴールを持っているわけですから。

管理者にも「限界的練習」は有効
 企業管理者にも「限界的練習」理論が当てはまるのではないでしょうか。一流の野球監督、一流のマラソンコーチがいるように、一流の管理職、名マネジャーというものが、この世界には存在するのではないでしょうか。 しかし現実にはあまり耳にしたことがありませんね。それはなぜなのでしょうか。

 ひとつ考えられるのは、「昇格」制度のせいです。企業で実績を上げた管理職、例えば課長は、会社から評価されて部長に昇格します。つまりスポーツ監督のようにひとつの組織に留まることなく、別のより大きな責任を持たされてしまうのです。

 もし、何年も十何年も同じ組織のリーダーでいたとしたら、それはあまり業績を上げられないリーダー、「万年課長」などと呼ばれてしまうでしょう。
 これでは「その分野でコンスタントに優秀な業績を上げる『一流マネジャー』」にはなれないのです。

 スポーツ監督と比べると企業管理者は「昇格」制度のせいで同じチームに長期に留まれないという違いがあるものの、ともかく、企業管理者も「昇格」による仕事内容の変化を乗り越えて「限界的練習」理論が当てはまる可能性はあるのではないでしょうか。

 それは、「業務の管理」「人の管理」「戦略の管理」という主に3つの分野での技能の総合化された能力です。

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「そこそこのレベル」でいいのか?
 個人ごとで恐縮ですが、私は趣味で水彩画を描いています。今は「そこそこのレベル」ですが、そこに安住していては能力はこれ以上伸びない、ということでしょうか。いやいやエリクソンによれば、伸びないどころか安住の結果そこから能力の劣化すら起こりうる、というのです。

 医師や弁護士などの専門家、スポーツ選手や芸術家だって、もし「そこそこのレベル」で安住しているとしたら、いつのまにか専門性が劣化してくる可能性もあるのではないでしょうか。仕事であればなおさら、一流のレベルを目指して自分の能力を伸ばしていくことは意味のあることだと思います。

 実際に自分で「そこそこレベル」を飛び出すのかどうかについては迷うところでしょう。果たして「限界的練習」を耐えてまで一流を目指すかどうか。ある程度強い意思や周囲のサポートが必要になるでしょう。
 
(2019年7月7日)
参考
「超一流になるのは努力か才能か」アンダース・エリクソン
土方奈美訳  2016年 文芸春秋社

十年でプロになれる!

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 散歩仲間

ある新入社員の話。入社後に経理に配属になりました。会計は最も苦手で嫌いでしたので、会社を辞めようかと思い悩みました。
踏みとどまったにはある先輩から言われたひと言でした。

「一人前になるには十年掛かるけど、じっくり取り組んだらいいよ」

十年とは長いなぁ、と感じましたが、その言葉に励まされ
て彼は会社に踏みとどまる決心をしたのです。簿記を習い始め、原価計算にも取組みました。
そして実務経験を重ねて何年か過ぎるうちに、あるとき数字を通して「会社の仕組み」というものが見えた気がしました。
「経理の面白さ」を感じた瞬間でした。

十年後、彼はニューヨークの関係会社で経理マネジャーとして財務会計を任されて仕事をしていました。経理は自分の天職ではないか、とまで思うようになっていたそうです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

一人前になるにはガムシャラに頑張れ、とにかく努力しなさい、とか言われますが、本当でしょうか。
米国の行動心理学者アンダース・エリクソンは「熟練の10年ルール」という理論を唱えました。
一流の「熟達者」になるには、最低10年の努力が必要である、というものです。

個人を成長させる練習や仕事のやり方は「よく考えられた実践」(deliberate practice) と呼ばれます。
そこには3つの条件があります。

第一の条件は、課題が適度に難しく、手の届くチャレンジで
あること。
第二に、結果について誰か第三者のフィードバックがあること、
そして修正する力。
第三に、やりがいや意義を見つけてそれを楽しむこと。

チャレンジ、修正、やりがいを感じる、というこのサイクルを回して成長ができる、というものです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

技能を磨いて一流のレベルまで高めるのには確かに10年位はかかる、という説は納得できます。ただ10年という長いスパンは若者には長すぎると感じます。
その前に、「3年ルール」というのもアリかな、と思います。
「石の上にも3年」ということわざもありますから。

何かを始めてから取り敢えず3年ほど努力を継続していると、一通り自分でこなせる「一人前」レベルに達します。 そうしたマイルストーン(里程標)を経ながら、「一流レベル」を目指すのはどうでしょうか。

もうひとつ、「周囲からの支援」という要素が重要です。
本人の努力だけでは10年継続は困難です。努力を継続するためのフィードバック、上司や周囲からの温かい支援が必要なのです。つまり第三者によるコーチングですね。

先日亡くなった小出義雄氏は、高橋尚子を一流の選手に育て上げた名コーチでした。
小出監督は、高橋選手の苦しい練習を励まし続け、成長する喜び、みんなに喜ばれる幸福感を教えたのでした。

個人で努力を重ね続けるのは至難の業です。仕事を楽しい、と思えること、仕事を「楽しめる」環境が作られるとき。そしてその努力を支えてくれる「他者」の存在。

そうした条件の下で、ひとは努力を継続し、能力を伸ばしていくことができるのではないでしょうか。

「10年ルール」は人材育成の基本であると思います。

(2019.4.27)

参考
「職場が生きる 人が育つ『経験学習』入門」 松尾 睦  
2011年 ダイヤモンド社
「超一流になるのは才能か努力か?」A.エリクソン
2016年 文藝春秋